横浜家庭裁判所 平成5年(少ロ)1058号 決定 1993年9月28日
本人 H・K(昭和48.11.30生)
主文
本人に対し、金8万円を交付する。
理由
当裁判所は、平成5年8月13日、本人に対する平成5年少第4970号窃盗保護事件につき、送致事実が認められないことを理由に保護処分に付さない旨の決定をした。同事件の記録によれば、本人は、上記送致事実と同一の被疑事実に基づき、平成5年6月14日に逮捕され、同月16日に勾留されて同月25日までに合計12日間身柄を拘束されたものであることが認められる。
そこで、少年の保護事件に係る補償に関する法律3条各号所定の補償の全部又は一部を行わない事由の有無につき検討する。
本人は、平成5年8月13日審判の後、「自分が無実にかかわらず友人を庇うために自分がやった、との虚偽の供述をしたため、捜査を誤らせる結果になったので補償を辞退する。」との辞退届けを提出したことは当裁判所に顕著である。
前記保護事件の一件記録によれば、前記送致事実の真相は、A’ことA、B及びCの3名共犯の窃盗事件であるが、本人が逮捕された経緯は、犯行時に使用された車が本人の所有車であることが発覚したことによるものであるが、逮捕された日に犯行を自白し、翌日に翻意して否認に転じたものであり、その自白に至る動機は、逮捕されるまでの間に友人の共犯者BからCとA’のことは言わないように頼まれていたことによるものであるが、既に警察は上記窃盗事件の実行行為者が3人であることを了知しており、本人が逮捕された時点では前記共犯者が逮捕されていない状況にあり、いずれA’も犯人の一人であることが知れることになったとしても、恐怖感を抱いていたCについては犯人であることを隠す目的から及び自分もその車に乗っていたので犯人と言われても仕方ないとの思いから自分が犯人の一人である旨供述するに至ったものであることが認められる。
ところで、本人は逮捕の翌日に自白を翻して無実である旨供述するようになったものであるから、少なくとも14日・15日の身柄拘束は本人が自ら招いた危難として甘受すべきものといわなければならず、上記補償辞退中この2日間については本人の真意に基づく辞退として容認してよい。従って、上記2日間の身柄拘束については、前記法律3条1号・3号を適用して補償をしをいこととする。
しかし、前記翻意した日の翌日から勾留10日間について考えるに、前記補償辞退届けには両親の連署があり、この連署自体から、辞退そのものを容認してよいように思われるが、調査の結果によれば、両親は本人がよければそれでよいとする意向であって、事態の真相につき詳細に聞き質すこともなく連署したものと認められるばかりでなく、本人自身10日間に及ぶ勾留を容認しているわけでもなく、捜査官の、翻意後の本人の詳細かつ具体的な供述聴取が遅延していた事情を考えれば、上記補償辞退は本人の真意に添ったものとはいえず、また事案の真相に添わないから、この補償辞退は容認するに相当でない。ほかに、前記法律3条各号に定める事由はない。
そこで、補償の額につき検討するに、調査の結果によれば、本人は平成5年4月27日から同年6月7日までの間、藤沢市の○○(内装工事)E方で14日間稼働し日当1万円、合計14万円を得たこと(その期間の平均収入は1日当たり金3333円余となる。)、本来、本人は定時制高校生で継続的に稼働していたものでなく、従って、定まった月収を得ていたものでないことが認められ、それに加えて、本人の勾留による精神的な苦痛を本件事案生起の経緯及び年齢19歳などを加味総合して検討すれば、本人に対する上記身柄拘束に対する補償の額は1日当たり金8000円、上記10日間の補償額は総額金8万円とするのが至当である。
よって、少年の保護事件に係る補償に関する法律5条1項を適用し、本人に対し金8万円を交付することとして、主文のとおり決定する。
(裁判官 野澤明)
〔参考〕 保護事件決定(横浜家 平5(少)4970号窃盗保護事件 平5.8.13決定)
主文
本件につき、少年を保護処分に付さない。
理由
本件送致事実は「少年は、A’ことA(以下、「A’」または「A」という。)、Bと共謀のうえ、平成5年5月26日午前2時ころ、神奈川県横須賀市○○町×丁目×番地○○横須賀店において、同店店長F管理にかかる水槽セット6個(価格合計4万4600円)を窃取したものである。」というのである。
そこで、一件記録を検討するに、少年と送致事実掲記のA・Bとは共に顔見知りの友人関係にあること、Bとは中学3年時の同級生、A(20歳)とは本件非行の日の2日前にB宅前で知り合った仲、Cは顔見知りの者(ヤクザで怖いとの観念を抱いていた。)であることが明らかであるところ、少年の逮捕時の弁解は「Bと一緒に水槽を盗んだことは間違いない。」と供述し、逮捕日の上申書でも同趣旨の供述をし、平成5年6月15日付司法警察員に対する供述調書によると「泥棒する相談はしていないし、車の後部座席に乗っていただけである。水槽も何処にあるか分からない。」と供述、同年同月16日付検察官に対する弁解録取書の供述記載によると、「読んでもらった事実について、警察ではそのとおり間違いないと話したが、私は車の中で眠っていたので盗みの話に加わらなかったし実行行為もしていない。A’君とB君が相談して盗んだものと思う。ただ、私は車の中で眠っていたときA’君とB君がダンボール箱入りの水槽5・6個を持ってきて、それを車のトランクに積んだり後部座席に積んだので2人が盗んできた品物であることは分かっていた。車は私の車でした。なお、盗んだ水槽はA’君の家に全部運んだのでその後どうなったのか私には分からない。」と供述を翻し、同日の勾留質問調書では「自分は車の中で寝ていたので共謀も実行もしていない。」と供述し、平成5年6月16日付司法警察員に対する供述調書によると「私、B君、A’君とDさんの4人でやった。Dさんの職業、本名は知らない。B君からA’君とDさんのことは言わないように頼まれていたのでこれまで嘘をいって来た。この4人での行動については後で詳しく話す。」と供述し、同年同月20日付司法警察員に対する供述調書によると、同年同月15日付司法警察員に対する供述調書の供述記載と同様に「泥棒する相談もしてないし、車の後部座席に乗っていただけである。」としてその経緯につき「6月24日から横浜市内をドライブした後の25日午前2時か4時ころ、B宅前でBと車内で雑談しているとき、偶然にA’とCが車で来て、Bが車から出てCと話して同人の車に乗り込み、少年に対して『後をついて来いよ。』といったので同車を追尾し、○○町の○○でCからジュースを貰い、同人の自宅に来いよとの誘いを断ったところ、『じゃ、明日夜一緒に遊ぼう。俺を迎えに来てくれ。』といわれて応諾した。25日午後8時ころ、車でB宅前で同人を乗せ、同人の道案内でC宅へ赴き、同人宅で約1時間くらい居て、3人でA’を迎えに車で出掛けた。A’を乗車させて出発するとき、運転はA’、助手席にC、後部座席の右に少年、左にBが乗車、ドライブ途中、Bが用事があるといって同人宅近くの○○店に寄り、戻った同人を乗せてドライブ、その後、運転中のA’に対しCが『横須賀に行け。』と命令したので、少年が同人に対して『どうして横須賀に行くのですか。』と質問したところ、同人は『いいから、横須賀に行け。』と再度命令したので、予て聞き及んでいた怖い人なのでそのまま反対することなく、前日からの運転で疲れていたこともあり、いつの間にか後部座席で眠り込んでしまい、車のトランクを閉める音が何回もしたので目を覚まし、どうしたのかと外を見ると、Cが『あと1個持って来いよ。』というのやそれと前後してトランクの方では『うまく入んないよ。』と言うのを聞いた。そのうち、Cが助手席のドアを開けて本人のいる後部座席に水槽セット1個を押し込んで来たので、少年が同人に対し、『これ何ですか。』と聞き返したところ、同人は『いいから、黙って受け取れ。』と強い口調でいうので少年は黙っていわれるままに水槽セットを受取りそれを両膝の上においた状態で車から一歩も出なかった。このとき、少年は直観でどこからか水槽を3人で泥棒して来たなと思った。このような訳で、自分も一緒に泥棒をしたとの疑いをかけられても仕方ないことを反省している。」というのであり、同年同月25日付検察官に対する供述調書でも同趣旨の供述をしている。
B、A’の各司法警察員に対する供述調書及びCの検察官に対する供述調書によっても、少年が本件窃盗には無関与であることを裏付けるものであることが認められる。
以上の経過を観ると、本人の供述は平成5年6月15日付司法警察員、検察官に対する弁解以後は、同月16日付司法警察員に対する供述調書に「私、B君、A’君とDさんの4人でやった。Dさんの職業、本名は知らない。B君からA’君とDさんのことは言わないように頼まれていたので、これまで嘘を言って来た。この4人の行動については後で詳しく話す。」との供述記載がある(これは15日の供述翻意を前提にすれば、現場に行った人数について少年を含めて『4人』と言っているのを、調書作成者が少年も犯人の一人として記載した疑いが強い。)以外、その供述は終始一貫していることが認められ、前記共犯者とされるB、A’の各供述と対比しても少年の供述を翻した後の具体的な供述を信用してよく、逮捕時、弁解録取時の各供述は抽象的で具体性に欠けるので信用性に乏しい。本件全証拠を検討しても、少年が本件窃盗を共謀したことを認めるべき証拠はなく、寧ろ、少年が車中で眠っている間に、車が横須賀市内に入り、そのころ、助手席にいたC(Aの兄貴分)が運転席のA(A’)に対し、「これから水槽をかっぱらいに行こう。盗む場所を知っているから俺の案内とおり運転しろ。」と話しかけ、同人の案内で犯行現場に赴いたものであることは、B、A(A’)の司法警察員に対する各供述調書の記載によりこれを容易に認めることができる。
結局、少年が本件非行につき共謀と実行行為のいずれをもしたことを認めるべき証拠がないことに帰着する。
よって、少年を保護処分に付することができないので、少年法23条2項を適用して、主文のとおり決定する。(裁判官 野澤明)